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加曽利貝塚 対談

CONVERSATION

加曽利貝塚の守り人たち
加曽利貝塚の守り人たち

加曽利貝塚の守り人たち

飛田 正美さん× 遠藤 利彦さん× 安東 幸栄くん× 丸 靖くん

加曽利貝塚の守り人たち

加曽利貝塚の
守り人たち

加曽利貝塚の守り人たち

縄文人の生活や文化を現代に伝え続ける加曽利貝塚。その魅力を関係者の皆様に語っていただきました。

飛田正美さん(以下飛田さん) 加曽利貝塚博物館では、加曽利貝塚から発掘された縄文土器・石器や人骨などの展示を通して、東京湾周辺に住んでいた縄文人の生活や文化を解説しています。毎年開催している「縄文まつり」では、火おこしや土器作り、土器で煮炊きしたスープの試食などの体験を通して、縄文人がどんな生活をしていたかを楽しく伝えています。こうした取り組みができるのは、普段からご協力くださるボランティアガイドの皆さんのおかげです。今回対談できることを大変嬉しく思っています。

遠藤利彦さん(以下遠藤さん) 私は社会人になってから若葉区に越してきたのですが、当時、加曽利貝塚は貴重な遊び場の一つで、東京から友人が来るたびにここへ連れて来ました。縄文時代が好きなので、遺跡が身近にあることも嬉しかったんですよね。

妙見本宮千葉神社 禰宜 山本 陽徳さん
▲この日は寒く、復元住居の中で薪を燃やし縄文時代を想いながら(!?)の対談となりました
加曽利貝塚博物館 館長 飛田 正美さん
▲加曽利貝塚博物館 館長 飛田 正美さん

定年退職してからは、「加曽利貝塚ガイドの会」のボランティアガイドになり、仲間たちとともに博物館と貝塚のガイドや体験学習サポート、体験用具作製などを行っています。仕事漬けの社会人時代でしたから、今は縄文文化とじっくり向き合えて楽しいです(笑)。

安東幸栄くん(以下安東くん) 僕は、小学生ボランティアになって1年。加曽利貝塚は広くて楽しいので、よく遊びに来ていたんです。そうしたらガイドさんから「小学生ボランティアをやってみない?」と誘われて。僕がボランティアする時に、よく丸くんも付いて来てくれていたので、一緒に参加するようになりました。

丸靖くん(以下丸くん) 僕らの小学校では、5年生の時に加曽利貝塚の学芸員さんから縄文時代について教えてもらえる機会があるんです。それで縄文時代って面白いなと思っていたので、安東くんの活動にも興味がありました。僕たちは他の子どもたちに火おこしの方法を実践してみせるのですが、火をおこすと拍手が沸き起こるので嬉しいです。でも安東くんは15秒で火をおこせるんですよ。本当にすごいなと思います。

加曽利貝塚は、縄文時代から届いた壮大なタイムカプセル

飛田さん 加曽利貝塚は日本の遺跡の中で最も当時の人々の暮らしぶりが分かる遺跡のひとつです。県内には他にも多くの遺跡がありますが、どこも開発が進んでいます。加曽利貝塚は、縄文時代の痕跡がそのまま残された情報の宝庫、まさにタイムカプセルです。住宅に囲まれた中でこれだけ緑豊かな遺跡が残っているのも、市民運動で開発から守られ続けてきたから。雄大な歴史と豊かな緑を愛する市民こそ宝だと思いますね。

遠藤さん ガイドとしては、加曽利貝塚にいらしたお客様が感動してくれることが一番の喜びです。地元はもちろん、全国各地から多くの方々が見学に来ますが、北貝塚の貝層断面では「おおっ~!」と声が上がります。発掘時そのままの状態で保存

加曽利貝塚ガイドの会 ボランティア 遠藤 利彦さん
▲加曽利貝塚ガイドの会 ボランティア 遠藤 利彦さん
加曽利貝塚を特別史跡に!

されているからリアリティが違うんです。私たちガイドも薄っぺらな説明にならないように、園内の全てを把握するのはもちろん、土器作りや火おこしなども実際に体験して、分かりやすく面白い説明ができるように努めています。

安東くん 僕は、加曽利貝塚で遊びも勉強もできるのが好き。10人以上で鬼ごっこもできるし、人骨のスケッチとか発掘の疑似体験ができたり、イベントの時は黒曜石で魚をさばくところが見られたり。普通だったらできないことがいっぱいできるので、友達と来ると盛り上がります。

家族でも楽しめる憩いの場。
たくさんの人に来てもらいたい。

飛田さん 2020年の東京オリンピックまでに貝塚の整備を進めて、海外のお客様も含めて多くの方が滞在していただけるようなことを考えたいですね。加曽利貝塚は地域の誇り。地域全体が盛り上がる仕組みを作りたいです。例えば縄文時代のスープを現代人の食生活にあったレシピにアレンジして市内のレストランで提供すれば、「縄文時代の素材を使ったスープ」という売りが生まれPRにつながります。家と加曽利貝塚を行き来するだけでなく、周辺のお店などにも寄りながら、家族で丸1日楽しめるまちづくりをしたいです。今後は博物館の移転も含め、周囲の川や対岸の森なども一体にした整備をすることで、色々な体験ができるようにしたいです。

加曽利貝塚小学生ボランティア 安東 幸栄くん(右)丸 靖くん(左)
▲加曽利貝塚小学生ボランティア 安東 幸栄くん(右)丸 靖くん(左)

遠藤さん そうですね。博物館が移転されれば、新たな橋の新設や木道の整備など、ボランティアなりに工夫するアイデアも出てきます。私たちも、平日のみのガイドから土日への拡大も検討しています。全国から来る子どもたちが、加曽利貝塚に来た瞬間に「縄文だ!」と感じられるような風景をつくりたいと思います。

安東くん 僕は、小学校を卒業した後も可能な限りガイドを続けていくつもりです。社会に出てからも加曽利貝塚で学んだことを人に教えていきたいですし、加曽利貝塚へも来てもらいたい。

丸くん 今も楽しい場所だと思いますが、これからもっと多くの人たちに加曽利貝塚の良い所を知ってもらえたら、僕たちもボランティアをやってて良かったなと思えます。
(平成28年12月対談。役職は対談当時のもの)

保存の歴史

●明治20年(1887年)
上田英吉の「下総国千葉郡介墟記」で加曽利貝塚の存在がはじめて学界に紹介される。
●明治40年(1907年)
東京人類学会の「遠足会」に選ばれ、はじめて発掘が行われ、その価値が認められる。
●昭和38年(1963年)
南貝塚の南端が整地により破壊され、保存運動が高まる。全国的な署名運動が展開され、千葉では「加曽利貝塚を守る会」が設立される。
●昭和41年(1966年)
加曽利貝塚博物館が開館。
●昭和43年(1968年)
北貝塚に住居跡観覧施設と貝層断面観覧施設を公開
●昭和46年(1971年)
北貝塚およびその周辺が国史跡に指定。
●昭和52年(1977年)
南貝塚が国史跡に指定。
●平成26年(2014年)
加曽利貝塚PR大使
●平成29年(2017年)
国「特別史跡」に指定。

マメ知識

「貝塚はゴミの堆積場」との見方がありますが、埋葬された人骨も数多く発掘されていることから、不要な物を捨てる場所ではなく、人も食べ物も丁寧に「あの世」へ送り「戻ってきてくれる事を願う」神聖な場所であったとも考えられています。現在でも大切にしたい想いですね!

※掲載している情報は2018年1月31日時点の内容です。
※千葉市都市アイデンティティ発信観光ガイド 『千葉市がもっと「好き♥」になる本』発行:千葉市 企画・千葉市観光プロモーモーション課 編集・制作:株式会社オニオン新聞社)より転載。

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